広島原爆の日に想う事

今晩は。如何お過ごしでしたでしょうか。                             

昨日は広島に原爆が投下された日でしたね。

それなのに大型台風予報に気をとられ 毎年している原爆投下時の黙とうを事もあろうに                      

しそびれてしまいました。後悔してもあとのまつりでしたが遅れて黙とう。             

昨年読んだ新聞では、爆心地には中学生の少年少女が学徒動員で

駆り出されていたという、記事が載っていました。     

一番の犠牲者は年端もいかない10代前半の子供達だったとか。 

言葉がありませんでした。                                    

戦争を望んだわけでもないのに世界で唯一原子爆弾を落とされ、

地獄の苦しみを味わされた普通の人々。 市民。大人、子供。                   

タイムスリップしてその時の広島に行きなさいと言われて,誰が行けるものでしょうか。         

誰も身代わりになれないし、行けない事を想うと、やはり、この残酷な歴史を                      

遠いこととして記憶の向こうに追いやるのではなく、胸に固く、絶対に戦争へ向かっては         

行けないと誓わないといけない・・・そうしなければ、いったい、亡くなったり被曝のため             

人生を暗転させられた普通の方々に申し開きが出来ないなぁ・・・と                          

書きながら想います。                                                     

実は、まだ勇気がなくて原爆資料館へも伺った事がありません。                     

テレビや新聞で何十年と見たり聞いたりしているにすぎません。                           

現実があまりにむごくて、正視できないのです。                                  

しかし、そうであってはいけない・・とここ毎年心の底で何かが教えてくれています。              

時期をみて行かなければと思います。                        

夜も更けました。                                                 

明日も良い日でありますように。・・・・

                      

                             
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by sheri-sheri | 2017-08-07 23:23 | 日々つれづれ | Comments(7)
Commented by unburro at 2017-08-08 08:08
高校の修学旅行で、長崎に行き、原爆資料館を訪れた…
はずなのですが、ほとんど憶えていないのです。
怖くて恐ろしくて、記憶を封印してしまっているのかもしれません。
原爆祈念像の前で、像と同じポーズをしている写真が残っているだけ
なのです。ふざけていますね…情け無い…

皿うどん、ちゃんぽん、が美味しかったことは覚えているのに…
Commented by sheri-sheri at 2017-08-08 08:23
unさん、お早うございます。そうなんです。私も長崎に修学旅行で行ったはずなのに資料館のことは思い出せません。きっと日常の事に埋没して、切り離していたのだと思います。なかなか、正視できない弱い自分は、そういう事から逃げていると思います。しかし、なぜ、そういった原爆投下が行われたというと、戦争へ舵をきったから。戦争さえしていなければ、日本中地獄を味わわなくて良かったことを想うと、やはり、平和を死守しなければと。
Commented by sheri-sheri at 2017-08-08 08:26
unさん、たしかに。皿うどん、ちゃんぽん、焼きそば美味しいものがいっぱい。長崎行きたいです。
Commented by ベル子 at 2017-08-08 09:57 x
今年の原爆投下の日は日曜日でしたので、朝から燈明とご仏飯をあげお祈りをしました。母が亡くなり早11年。もっともっと原爆の体験談を聞いておけばよかったと後悔しています。被爆者の高齢化と共に体験を語り、聞く機会も少なくなっています。被爆二世の方の中には親の体験談を語り継いでる方もいらっしゃいます。本来ならば私もその中の1人として語り継いでいかないといけないのでしょうが、何せ母から聞いたのは一度しかないのです。母はほとんど原爆の事を言いませんでした。あまりにも辛く悲しい体験だったと思います。毎年、原爆の日には弟が連絡してきます。アメリカではほとんど原爆の事は知られてなく、それよりも真珠湾攻撃の日の報道の方が多いと。アメリカも相手に”やられた”という認識なのでしょう。
広島は原爆の日もですが、呉は戦艦大和の建造が莫大な国家予算を投じ隠密裏になされ(屋根が付けられ市街から見えないように塀まで付けられました)進水式も誰にも知られることなく行われました。地方局作成の番組でも大和生存者の体験談が放送され、「生きたくても生き残れなかった戦友達の事を想うと今の世の中、平和ボケしてるんじゃなかろうかと思う。」と話しておられました。本当にそう思いますね。今こうして平穏に暮らしていられるのも、たくさんの尊い命の犠牲の上にあるのだという事、決して決して忘れてはいけないと思うのです。
戦争は本当に愚かです。
Commented by sheri-sheri at 2017-08-08 15:27
ベル子さん、尊いお話ありがとうございました。家族に、それも御自分のお母様がそういう目にあわれたというのは、受け入れ難く辛すぎることだろうなぁと思います。私がベル子さんの立場だったら、亡くなった後も毎日、仏壇の前にすわり泣いていたかもしれません。でも、ベル子さんのお母様は潔くて泣きごとを言わず、運命を切り開いていく方だったので、やはり子供達は、今出来ることを、そして賢明に前を向いて生きなさいと仰ることでしょうね。それだから余計に、このような普通の市民として生きていた方々を一瞬にして地獄へ突き落した戦争というもの、原爆というものを容認してはならないと思います。私も子育てで忙しかったり、若かりし頃は戦争や原爆のことなどは、考えませんでした。ですがやはり、近年特に一人の日本人として何か心の中から聞こえてくるような思いがあり、それは戦争で命を落とされた方々への贖罪の気持ちではないかなと気付きました。当時、無念の中で亡くなったり、戦禍で傷を負った方々に想いを馳せるそんな気持ちです。戦後72年、いつのまにか経ってしまったかのようですがこの戦争をしない日常をまたこれからの人々にバトンタッチしなければと・・大人の責任だなと思います。日常に埋没して流されないよう生きて行かなければならないですね。お母様のご冥福を心からお祈りします。呉の戦艦ヤマトの建造秘話・・地方のドキュメント番組貴重ですね。全国どこでも見られればいいですが。・・・ 
Commented by tomoyoshikatsu at 2017-08-08 20:17
こんばんは

月曜日の夜…… ローカル番組を 聴いてました( RADIO )

ある、リスナーの メール( FAX? )に 書かれていたのは………

9日は 長崎に【 水爆 】が 落とされた日です ……………… !( 私は訂正の メールを 送りました )

と、アナウンサーは なんの抵抗も無く??? 読み終えて リクエスト曲を かけた後に!

「 書いてあって そのまま読みました 」と 言い訳をしました、、、( 何処ぞの 政治家気取り!? )

私と そんなに 変わらない 世代と思います
そんな 大人が …… 読んでいて「 原爆 」と《 水爆 》の 区別がつかないとは 情けなくなりました
生放送とはいえ…… そこら辺の 訂正は 自分で すべき事なのですけどね

総理の コメントを ある意味 楽しみにしています
Commented by sheri-sheri at 2017-08-09 16:34
tomoさん、こんにちは。そうでしたか。長崎で放送を聞いていた人、そして原爆の事に想いを馳せる方々にとって、水爆と原爆をただ、原稿にそう書いてあったからと、アナウンサーにまでなった優秀な方がおっしゃったのは、胸が痛むことでしたでしょう。72年前の事とはいえ、私たちはその方々になにかしら関係あって今を生きているのかもしれない。どこでどうつながっているのか分かりません。他人事ではないのですものね。そして同じ日本人ですから。きっとそのアナウンサーも勉強不足や?注意力がなかったなぁと今、反省してらっしゃるかもしれませんね。首相のコメントは期待してはいません。それよりも、この語り部をつなげていく事が重要ですね。そして嬉しいことも。一昨日テレビで、うら若い広島の女子高校生が、被爆者の方から訊いた話をもとに、真摯にその時の様子を絵画にするため、絵筆を握っているのをみました。いつの世も希望の星は若人です。心から感謝し、尊敬し、拍手しました。
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